枚か鋲でとめられていた。中型の書棚には書物が並んでいて、物理や幾何や天文などに関する本と、哲学の本や童話の本が、妙な取り合せで並んでいた。大きな机には、大判の罫紙や白紙が積み重っていて、さまざまな線が縦横に引かれており、たぶん市木さんの特殊な研究用のものだろうが、何の研究だかは私には分らなかった。市木さんの不干渉主義とでも言えるものに、私はいくらか感染していたわけではないが、少くとも市木さんに向っては、何の研究ですかなどとは尋ね難く、市木さんの方でも黙っているのだった。
 市木さんは足首の手当をすますと、そこらを丁寧に片付けて、私にウイスキーを勧め、自分でも飲んだ。
「足が不自由なものですから、肴は何もありませんよ。」
「いえ、結構です。でも、御不自由でしょう。」
「なあに大したことはありません。寝たり起きたり、ぶらぶらしておりますよ。面白いことには、昼間は二階に寝てる方が気持がいいし、夜分は下に寝てる方が気持ちがいいし、へんなものですなあ。」
 そんな話をしながら、私はまた、先般の竹垣の件と同様、水洗便所の件も早く片付けたくなった。どうも、何か用件を持っていると、それを片付けないうち
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