せるため、一纒めに要約したらしかった。
 市木さんは顔色ひとつ動かさなかった。煙草をふかしながら、杯を取り上げたりしていたが、ぽつりと言った。
「弘子の死体にせよ、火葬後の遺骨にせよ、それは弘子とは別物ですからな。」
 土居さんは呆気にとられたようだった。それから急に、頬を紅潮さした。
「それでは、あなたは、弘子さんとその亡骸や遺骨は別物だと、本気で仰言るんですね。ひとは死んでしまえば、その死体は当人とは別物だと仰言るんですね。よく分りました。そういうお考えでしたら、不吉なことを申すようですが、あなたが万一お亡くなりになった際にも、あなたとあなたの亡骸とは別物だと、そういう取扱いをしても、一向差支えありませんね。」
「それは結構です。わたしに無関係なことですからな。」
 まるで歯が立たない感じだった。それきり言葉が途切れた。いつぞや、市木さんが猫の死骸を庭の隅に埋めたことを、私は思い起した。市木さんが冗談を言ってるのだとは思えなかった。
 市木さんは長火鉢の銅壺で酒の燗をし、その銚子を次々に三人の前へ並べた。もう酌をしてくれなかったから、私たちは手酌で飲んだ。肴としては、すずめ焼と蒲鉾
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