ると、一人の来客があった。洋服を着た五十年配の肥った男で、頭髪を短く刈りこんでいて、小会社の重役かなんかのように見えた。面白くない奴とはこの客だな、と私はとっさに感じた。そしてなんだか議論の中途らしい空気だった。
 その客は、市木さんの亡妻の縁故者で、土居というひとだった。市木さんは私に杯をさしながら、ぶっきら棒に言った。
「土居さんはね、わたしが、弘子の葬式もりっぱにせず、ぞんざいに扱ったと、疑っておられるようです。あなたからひとつそうでないことを証明してやって下さい。」
 市木さんはもう喧嘩腰だった。私は酒の相手に招かれたのではなく、実は証人として呼びつけられたもののようだった。
 土居さんは鼈甲縁の眼鏡の奥から眼玉を光らせながら、落着いた調子で弁明した。
「いや、葬式がどうこうというのではありませんよ。そりゃあ、あなたの娘さんだから、どういう葬式をなさろうと、あなたの自由です。けれども、先程から何度も申したように、亡くなられた当時、わたくし共へも、それからまたほかへも、一応は通知して頂くのが、世間の儀礼というものではありますまいか。そして仏さまにもお別れをさせ、葬儀にも立ち会わせ
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