えていた。あちこち継のあたってる銘仙の着物で、早く亡くなった母親の遺物なのであろうか、黒っぽいじみな柄であって、それに枇杷色の兵児帯をしめていた。髪は子供っぽく編んで背中に垂らしていた。少し出額の細面の顔立だったが、それがいつも没表情で、なんだか能面みたいに見えた。泣くことも笑うこともなさそうだった。しかも、表情のない能面みたいなその顔が、へんになまなましく、時によっては、はっとさせられるような感銘を与えた。
 そういう面影を、市木さんはどういう風に受け取っていたのであろうか。死亡通知を出すことによって故人をすっかり自分のものにするとは、どういう意味だったろう。
 ところで、その死亡通知のために、私は妙な場面に立ち会わされたのである。
 或る日の午後、市木さんは竹垣を跨いでやって来て、珍らしいことには私へ声をかけた。出ていってみると、市木さんは縁側近くに突っ立っていた。
「ちょっと来て下さい。そして酒を一杯つき合って下さい。どうも面白くない奴が来ましてね、酒がまずくなった。」
 市木さんは昼間から独酌してることも稀ではなかったが、私がその席へ招かれたのは初めてだった。ところが、行ってみ
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