猫の死体を、市木さんは庭の片隅に埋めた。
それが、当分の間、私は薄気味わるくて、市木さんの庭へ行くことをやめた。
猫や犬の死体を葬ってくれる寺がある筈なのに、市木さんはなぜ庭の隅に猫の死体を埋めたのだろう。まさか埋葬料を倹約したわけではなかったろう。
というのは、私の妻がへんな噂を聞き込んで来たのである。市木さんの家には、黄金の延棒が秘蔵されているというのだった。
市木さんはいつもみすぼらしい身扮をしていたし、子供たちも実に粗末な服装をしていたし、生活も至って質素だったのに、金の延棒があるという噂が、まことしやかに伝えられたということには、何か意味があるようだった。近所のお上さんたちの間だけの他愛もない噂だったが、実状にふさわしくないその噂が、何の矛盾もなく、受け容れられていたのである。
二
或る年の春さき市木さんの娘の弘子さんが病死した。あまり突然のことなので、伝え聞いた人々も面喰った。
三日ばかり寝ついたきりだったとか。初めは感冒のようだったが、高熱が出て、物を呑み下すのが困難になり、次で呼吸も困難になった。医者が呼び迎えられた時は、もう、喉の粘膜に白
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