の時、堯の姿が、万灯を持って飛びはねてる堯の姿が、はっきり私の頭に映じた。「よくなる、よくなる。」そう私は心に叫んだ。「なにじっと堪《こら》えてみせる。」そうも叫んだ。
病院の近くで、私の家の方へやって来るA氏に出逢った。私はただ頭を下げた。病院の入口でT氏に出逢った。T氏はその強度の近眼鏡の下から私に挨拶をした。
「今すぐ私も診察に参ります。」
私は力強くなった。
病室にはいると、堯はやはり静に寝ていた。手首を取ると脈が殆んど指先に感じなかった。ふっ……ふっと喘ぐような急速な呼吸をしていた。
私はじっと唇をかみしめて眼を閉じた。
十二時すぎに医員と女医とが見舞って来た。
「仕方がありませんね。」と医員は云った。「手首には殆んど脈搏を感じないのですから。」
カンフル注射が胸に行われた。反応は殆んど見えなかった。暫くして注射の跡を検すると、其処だけ肉がぽつりと高くなって、カンフルは注射されたまま吸収されずに残っていた。
「心臓が弱って来たのです。」
心臓が弱って来たのは昨日の夕方あたりからであった。なぜヂガーレンの注射を初めにしないかと私は思ったが、それはもう恐らく出来なか
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