。精神が張り切ったような朗らかな澄み切った眼だった。
 暫くして私は云った。
「まだ大丈夫だ。然し覚悟はしていなければならない。」
 芳子は首肯いた。
「帰る時に、Uさんの言葉では、今晩あたりがむずかしいということだった。」
 芳子はまた首肯いた。
「いいかい。本当にしっかりしていなければならない時が来たんだ。どんなことがやって来てもじっとして居れるだけの心は養っておかなければならないと、僕がいつも云っていたのは此処のことだ。私達の出発が既に初めっから生命がけですからとお前はよく云って居たろう。あの気持ちをはっきり握っていなくちゃいけない。特にお前は今大事な身体だ。神経過敏にはなっていても、精神感動を起してはいけないんだ。いいかい、分るだろう。」
 声は低かったが、私の言葉は怒鳴りつけるようだった。芳子は黙って首肯いた。暫くして私はまた赤ん坊の顔を覗き込んだ。指先でその頬に触ってみた。絹のように柔かだった。
 芳子は、何とも云えない引き締った笑顔をした。私はその時ふと日数をくってみた。堯の誕生日は一月十一日だった。丁度その日から今日まで二百八十日余りになっていた。吉とも凶ともつかない気
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