、あの通りの容態ですから、どうにも仕方がありませんね。今晩あたり危険かも知れません。午後からはついていられた方がいいでしょう。」
私は少しも驚かなかった。そういう言葉も私の心の中に何の響きをも立てなかった。私はただ感謝の頭を下げた。
私は駆けるようにして家に帰った。T君が来ていてくれた。
私はすぐに八畳の座敷の方へはいった。芳子が寝たままじっと私の顔を見つめた。私は芳子の側の小さな蒲団の中を覗いてみた。と、私ははっとした。堯とそっくりの赤ん坊の顔が其処に在った。すやすや眠っていた。
私は芳子の枕頭に坐った。蒲団の外に差出した芳子の手を私は強く握った。力強い何とも云いようの無い涙が出て来た。
私達は暫く黙っていた。
「どうだった。苦しかった?」と私は云った。
「ええ。それでも陣痛が激しい代りに時間は早かったのです。三時半に。私はSさんの手をじっと握っていました。」
堯の時は芳子は私の手を握っていた。
暫くすると芳子が云った。
「如何でした?」
「同じようで別に変りは無い。」
暫くすると芳子はまた云った。
「いけなかったのではありませんか。」
私はじっと芳子の眼を見守った
前へ
次へ
全40ページ中31ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング