がやって来て、カンフルを注射した。腸に滋養注入をしたが、殆んど吸収しなかった。
八時頃、Iさんが見舞ってくれた。私はその顔を見て、ほっと安心した。凡てが分った。
「御安産でございました。今朝の三時半に、女のお児さんで。お二人共御丈夫でございます。」
Iさんの声は低かった。ああ、なぜ声を低める必要があろう。然し私も声が低かった。
「お影で、あり難うございました。」
Iさんは、容態表をじっと見て、それから堯の顔を覗き込んだ。
「取ってお上げ申したら。」そう云ってIさんは堯の両眼のガーゼを取ってくれた。私はなぜかそれが嬉しくて涙が出て来た。
「坊《ぼっ》ちゃん、坊ちゃん、お見えになりますか。」Iさんは顔を近よせたり遠ざけたりした。堯はもう何も見えないらしかった。暫くしてIさんは帰って行った。
ややあって、A氏が見舞って来られた。S子さんがまた間もなく来た。
「御診察がすんだら、一寸帰って来て下さるようにとのことでした。」とS子さんは芳子からの言葉を私に伝えた。
九時にU氏の回診があった。私はもう何にも聞かなかった。診察が終ると私は帰るつもりで廊下に出た。
「お分りでもありましょうが
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