しても、はっきりした好悪を持っていた。或物は決して手にしなかった。また或物を持ち初めると、それに執着して決して長い間手から離さなかった。――夜なんかどうかするとふと泣き出すことがあった。そういう時は、いくら乳を与えても、抱いてやっても、泣き止まなかった。その意味が私達にも後には分って来た。そういう時は、昼間持ち続けていたものが何か必ずあるのであった。それを取ってやると、すぐに泣き止んで、手に握ったまますやすやと眠った。――知らない人に対しては決して笑わなかった。他家《よそ》の人があやすとくるりと外を向いてしまった。――いつも妙に黙り込んでいた。私は演芸画報をよく買って来てやった。それを何度も何度も小さい手で披いて見ていた。――最近二三ヶ月の間は、私達の云うことが何でもよく分るらしかった。私が精神上のことで妻に厳しい言葉をかけていると、よく泣き出した。私達が楽しく話していると喜んでいた。
 然し殆んど病気し続けであったから、身体は全く発育が遅れていた。よくもつものだと私達は思った。それに高熱にも頭が少しも侵されないらしかった。白眼が青く澄んでいた。もう一年十ヶ月になるのに、発育の悪いため
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