家から呼びに行くのを待っていてくれた。丁度さし迫った用向も他に無いそうであった。それから、産が予定よりも二十日近くも後れていたが、心配なことはないとIさんは云った。Iさんはしっかりした手腕と頭とを持っていた。また難産の時には、すぐにS病院の院長に来て貰うように前から話がしてあった。
それでも私の心は家の方へ飛んで行った。そして私は頭でじっと堯を見ていた。それが自分乍ら痛々しかった。「なんだこれ位のことに!」と私は云った。そして堯の額に唇をつけた。涙が初めて湧いて来た。涙と共に私は力強くなった。「芳子は自分の半分じゃないか。自分自身の半分のことを心配することはない。」私はそう自ら云った。芳子の悲痛な心と陣痛の苦しみとが、私自身に返って来た。そして私は自分の全部でじっと堯の枕頭に坐っていることが出来た。
私は無理にすすめて看護婦を寝かした。
夜は静かで何の物音もしなかった。時間がぴたりと止ったようであった。じっと眼を瞑っていると、堯の全部が私の前に見えて来た。
私は堯の頭に未来を期待していた。――生れた時から堯は母親の乳房でなければ、護謨の乳首に決して吸いつかなかった。――玩具に対
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