の外出着のちゃんちゃん[#「ちゃんちゃん」に傍点]を指した。外に出る時はいつもそれを着るのだった。病室にもそのちゃんちゃん[#「ちゃんちゃん」に傍点]を懸けて置いてやろうと私は思った。――私の家の二階の窓からは墓地の一隅が見えていた。窓際に立たせて、「ののちゃん。」と云うと、堯は小さな両手を合した。後には、何とも云わなくても、墓所の石塔の方を見て両手を合した。病室の窓際も堯がつかまって立つのに丁度よい位の高さだった。窓からは墓地は見えなかった。その代りに、月のある晩は、月が見えるだろう、月の無い晩は、月の代りに向うの円い燈が明るく点るだろう、と私は思った。
 然しそういう過去と未来との間に、大きな空虚がぽかりと穴を開いていた。其処に堯は意識を失ってじっと横わっていた。私は眼を閉じてその枕頭に坐っていた。坐っているのがつらくなって、長く寝そべって、両手に頭を抱えた。
 朝、医員が見舞って来た。九時すぎにU氏の診察があった。
「嘔吐は?」とU氏は看護婦に聞いた。
「夜中から後は一回もありません。」
 U氏はじっと患者の顔を見ていた。私は何とももう尋ねなかった。
 十時頃から、二時間置きに人
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