た。彼女は堯の左に寝た。私は堯の右に寝た。芳子が枕頭で起きていた。然し私は眠れなかった。芳子と代ったが、芳子も眠れなかった。病室の中はむし暑かった。
そしてそのまま夜が明けた。看護婦は堯の顔にガーゼの切れをかけて室を一通り掃除した。掃除を終ると窓の上の方を少し開いたままにした。其処から曇った朝の凉しい明るみが室に流れ込んだ。然し私達にとっては、その昼も直接に夜から続いた昼であった。凡てがただ明るくなり、電燈の光りが雲を透してくる太陽の明るみに代ったのみであった。堯は無意識の眼をぼんやり見開いていた。苦痛もなければ喜悦もなかった。時々唇を動かした。その度に食塩水をやった。口元を動かしてそれを飲み込むのが、見ている私にはたまらなく嬉しかった。
凡てが澱んだままの重苦しいそして静かな一日が続いた。過去のことが直接に未来に向って蘇っていった。――堯は独楽《こま》が好きだった。私は家でよくそれを廻してやった。よくなったら病院の室にそれを持って来ようと私は思った。――外に出かける時はいつも堯は後を追った。誰か着物を着更えると必ず外出するものと思っているらしかった。そして鴨居の釘に懸っている自分
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