ありません。病毒が脳を侵したんですね。」
 私はもうそれ以上何も聞く必要が無かった。その上看護婦に向って、便は兎も角も[#「兎も角も」は底本では「免も角も」]消毒するようにとU氏が云われた言葉が、私達の耳にも留った。
 然し私達は落ち附いていた。そしてただU氏に頼るの外はなかった。外国人を思わせるようなU氏の風貌と、その大きい体躯と、その穏かな言葉と、世に定評のあるその手腕とは、私達をして十分信頼せしむるに足りた。
「S君の御友人だそうですね。」とU氏は云われた。「S君の子供も最近肺炎で入院していました。」
 私達は力強くなった。そしてS氏が横浜に行っていて不在なのがただ遺憾だった。
 私達は堯の手首を取ってみたり、その顔を覗き込んだりした。堯はぼんやり眼を見開いていた。両眼はもう寄っていなかった。然し何にもよく見えないらしかった。私達はその側で、どうすることも出来ない締めつけられたような自分達の心を見出した。時間がただ過ぎて行った。
 その晩十二時近くに看護婦は容態表を記入した。――熱八度二分。脈搏百二十、呼吸四十二。嘔吐八回、尿二回、便通二回、腸洗一回。
 三時頃から看護婦を寝かし
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