けなかったら僕等の意志で癒してみせる。」
私達はじっと眼を据えて歩いた。
「大丈夫かい。」
「ええ。本当に思い込むと身体なんか案外どうにでもなるものですね。」
病院について、病室にはいると、室の中にはS子さんと附添看護婦とが黙って坐っていた。
私が居ない間にU氏が帰られて診察があったそうである。それから腸の洗滌が一回。嘔吐があるので、薬も一切与えられなかった。ただ時々食塩水を少しずつ唇へ垂らしてやった。堯は半ば無意識にそれを呑み込んだ。
その晩は私と芳子とがついてることにした。男は病院に泊ることを許さない規定だったが特別に許された。
S子さんは帰ったが。そして後で、常蒲団や襁褓《おむつ》を届けて来た。看護婦の蒲団は病院で借りることにした。
八時半すぎにU氏がまた見舞って来られた。
「疫痢ではありませんでしょうか。」と私は聞いた。
「いや疫痢は三四歳以下の幼児には殆んどありません。激烈な消化不良ですね。長い消化不良の後には恢復期によく急激なのが襲うことがあります。」
「意識は殆んどないようですが。」
「そうですね。中毒症状を呈したのです。中毒と云っても、食物やなんかの中毒では
前へ
次へ
全40ページ中13ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング