それで果して効があるか否かは問われなかった。ただそうすることが、ただそうすることのうちにのみ、せめてもの望みがかけられた。壮助は唇をかみしめ乍ら、室の隅をじっと睥《にら》んだ。其処には高利貸の古谷の顔が浮んでいた。幾度も執拗にやって来ては僅かの彼の俸給をさえ押えると云って脅かすそのでぶでぶと脂ぎった顔が。
「まだそんな所に居られたのですか。」
 そう云う羽島さんの声に壮助は喫驚した。そして顔を挙げると、羽島さんは急に眼を外《そ》らした。そして云った。
「飛んだことを申したようです。御心配なさらなくていいです。ほんとに、私が余り気を廻しすぎたんでしょう。いいです、いいですよ。」
 羽島さんは何やら一人《ひとり》で首肯《うなず》いていた。
 壮助は立って来て、羽島さんの入れた茶を黙って飲んだ。羽島さんは茶をうまく入れることに多大の自信を有していた。

     二

 その夕方医者が診察にやって来た時、壮助は診察の終るのを待って一足先に表に出た。きっぱりした返答を得なければならないと彼は思った。
 羽島さんの云うが如く腹部に大きい疾患が生じたのなら、その方の専門の医者に診《み》せる方が
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