いいだろう。然し主治医を取り換えることは道義上、また医者仲間の規約上、殆んど出来ないことだった。要は立会診察をなすか、もしくは入院させるか、二つしかなかった。それはまた後で何とか工夫もつくだろう。ただ今の所恐れずに真実に向ってつき進むの外はない。運命が凡てを決するだろう。そして壮助の前に運命がぴたりと据えられた。
医者が出て来た時、壮助は一寸物影に身を潜めるように身を引いて、あたりを見廻した。それからつかつかと医者の前に出て来た。
「あの一寸お伺いしたいことがありますが。」
「え何ですか。」と答えて医者は立ち止った。
壮助はじっと空間を見つめるようにしたが、そのまま医者の家の方へ先に立って歩き出した。医者もその後からついて来た。
夕暮の色がまだ明るい通りのうちに籠めていた。その中を忙しそうに人が通った。然し誰も彼等二人に注意を向けて行く者はなかった。
「病人の容態のことですが。」と壮助は切り出した。
「はあ。」
「余程険悪でしょうか。」
「そうですね、今の所少しは先《せん》よりもいいかと思いますが……。」
何でもないその言葉に、壮助は却って裏切られたような感じを得た。そしてもう
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