の室《へや》があった。二人《ふたり》は火の気《け》の無いそのうす寒い室の入口に身を屈めた。片隅には看護婦の着物や持ち物が置いてあった。
「病人が非常に耳が近いものですから。」と羽島さんは云い訳のように云った。
「そうでしょう。そして何か御用ですか。」
「用というほどのことではありませんが、あなたに少し伺ってみようと思っていたことがありますので。」
 羽島さんの云う所は斯うであった――
 医者の薬は少しもその効が見えない。咳に苦しむ時、熱に苦しむ時、不眠に悩む時、その度毎に医者にもそう云うけれど、彼は少しもその方の薬を盛らないらしい。病人のそういう悩みが静まるのはただ自然に衰弱しきってゆく結果らしく思わるる。何時も同じような薬が病人の枕頭には並んでいる。嘗《な》めて見るとどうも胃腸の薬らしい。それに医者は毎度病人の便を取らしてはそれを検査するために届けさせる。どうも腹部に故障があるらしく思われてならない。病人の腹部に触《さわ》って見ると、食物が僅かしか通らないのにいつも脹《ふく》れている。もし果して腹部に大きな疾患があるとすれば、今の呼吸器科の医者よりも誰か胃腸専門の医者に診《み》さした
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