蜘蛛の糸のように絡《から》みついて来た。机に向っていてもふと気をゆるめると、彼の耳はじっと階下の物音に澄されていた。そして彼の眼の前には老婆の赤黝い顔が浮んだ。彼女は障子の側の火鉢によりかかるようにして坐ったまま、あたりをじろじろ見廻している。その丁度膝に当る畳の下に、夜彼女の枕が置かれる所に、古ぼけた欝金木綿の袋があって、その中に銀行の通帳とまた新らしい紙幣とがはいっている。じっと空間を見つめている壮助の眼は熱くほてってきた。
 それは必ずしも盗みの心持ちではなかった。然し一歩ふみ出せば、そして一度ふみ出したら、もう後《うしろ》へは引返されそうになかった。
 じっと物のすきを狙っていて其で妙におずおずした老婆の眼を、壮助は自分のまわりに見出した。縁側を通る時、彼女の眼は障子の内からその足音の方へ向けられた。表の格子戸を出入りする時、彼女の眼は彼の懐のうちに投げられた。或時勝手許に通ろうとする時壮助は我知らず老婆のまわりに不安な一瞥を与えた。その時彼女の眼は彼の内心に向けられた。
 老婆の眼が壮助の神経に纒わって来るに従って彼の知覚はまた執拗に老婆の上に注がれた。彼女は室の真中に決して
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