坐らなかった。何時《いつ》も隅の方で、仕事をし食事をした。晩にはわざわざ電気を片隅に引張っていって其処で夕刊を読んだ。それから夜床に就く前に、暫く蒲団の上に坐って何やら胸のうちで考えるのを常とした。その側の箪笥の上には稲荷様の小さな厨子があって、瀬戸の狐が二つ三つ置かれていた。
彼女は毎朝大抵日が高く昇ってから朝湯に行った。時々午後に何処《どこ》へか出かけて行って夕食前に帰って来た。その留守中、心持ち痩せた悧巧そうな小婢が勝手で働いていた。何か用を拵えて一寸使にやる、そしてその隙に老婆の室に自分が立っている……。
壮助はふと我に返って、自ら空想の糸をぷつりと絶ち切ると、不安がむらむらと起って来た。何か悪いことが、取返しのつかないことが起りそうであった。
ふいと表に飛び出すと、空が晴れていた。日が輝いていた。その中に在る自分の孤影が急に涙ぐまるるまで佗びしかった。そして光子の名をまた心の中で呼んだ。
光子の病気は殆んど同じ所に停滞していた。同じ様な容態の日が明けてはまた暮れた。然し何かが或る動き出そうとする力が、じりじりと迫って来つつあるのを思わせた。それはいい方へか又は悪い方へ
前へ
次へ
全50ページ中35ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング