いるんだ。その穴を填す道は只裸になるより外の方法はない。裸になればいやでも自分のうちのことが眼について来る、そして其処に眠っている実感が自由な呼吸をするんだ。」
「君の云うことは分っているが、妙な云い方だね。」
「何が妙なもんか。……例えば、直接のいい比喩《ひゆ》が在る。太古の半裸体時代の人間を考えてみ給え。記録が教える所に依れば、また吾々が想像し得る所に依れば、彼等の身体には力が満ち充ちていた。それが、次第に着物をつけ、着物を重ぬるに従って、人間の身体から力が、輝いた力がぬけて来たんだ。そして失った力の跡に大きい空虚《くうきょ》が残されたんだ。空虚や微力はいつも悪徳なんだ。吾々の精神に就いてもそれと全く同一じゃないか。」
「それじゃ裸体《らたい》に帰るんだね。」
「そうさ。然しまさか裸体で歩けもしないが、兎に角心の衣を捨てることは最も大切なんだ。其処には身体の裸体に於ける如き官憲の干渉はない。そして其処から本当の愛や仕事が生れて来るんだ。」
 或る玩具屋《おもちゃや》の飾窓の片隅に、小さな羽子板が沢山並べられていた。川部はふとそれに眼を止めた。
「おい一寸。」
 壮助も彼に続いてその
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