も知れない。……然し一体肺結核という病気は癒るものだろうかね。」
「なに癒らないことがあるものか。いくらでもその例がある。然しあの病気の恢復するか否かは恐らく運命だろうね。医学の方でも種々な新薬が出たが、要するにケレオソートかゴヤコール剤にすぎないと云うじゃないか。ツベルクリンの注射だって人の体質に依ると云うじゃないか。あの病気の本当の恢復原因はいつも、日光と空気と滋養物との自然要素に止まるんだ。」
「また例の論法だね。」
「そしてそれが事実なんだ。……然し用心しないと伝染するよ。」
「伝染したっていいさ。」
川部は一寸壮助の方を顧みた。
「そうか、その決心なら大丈夫だ。そして大いに彼女を愛するがいいんだ。いや愛しなけりゃいけない。もしそれが君の心の必然のそして後悔のない向き方なら、それを生かすことが君自身を生かす道なんだから。」
壮助は何とも答えなかった。
「一体吾々日本人の生活には実感が欠けていていけないんだ。実感に生きることは猶更欠けているんだ。いつも作り物の衣の中に自分を囚《とら》えている。そしてその衣にばかり執着している。中は空《から》だ。どうすることも出来ない穴があいて
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