は静かに澱んできた。勝手許で用をしている小母《おば》さんの物音が間を置いてははっきり聞えるようだった。
天井を見ていた光子の眼がまたじっと壮助の方に向けられた。病に頬の肉が落ちてからその眼は平素よりも大きくなっていた、そしてその清く澄んだ黒目の輝きが露《あら》わになっていた。
「ねえ津川さん!」
壮助は自分の名を呼ばれて、畳の上に落していた眼をふと挙げた。
「私これでよくなるんでしょうか。」
「そんなことを考えるからいけないんだよ。よくなることばかり考えなけりゃいけないよ。医者も大変いいと云っていたから。」
光子は一寸|黙《だま》っていた。
「ね、私に教えて下さらない?」
「何を?」
「先刻、お父さんと何を話していらしたの。」
壮助はじっと光子の眼を見返した。その眼には物を詰問《きつもん》するような輝きがあったが、壮助の視線に逢うとすぐに深い悲しみのうちに融《と》け込んでいった。
「あなたまで私に隠そうとなさるんですもの。」
「いえ何も隠しはしないよ。いつだって何にも隠したことはないでしょう。先刻《さっき》はね、お父さんが大変心配していらしたから、私が医者に詳《くわ》しく聞いて
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