《うる》んだ眼が覗いていた。
「ではどうにか助かるかも知れませんね。」
「え?」
 壮助はそう問い返したが、そのままあわてたように眼を外《そ》らした。何時のまにか彼等の心のうちに根を張っていた光子の死の予感が、表《あら》わに姿を示した。「どうかして助けなければ……。」そう思う心の奥に何時のまにか死の予感が、死の予期が、入《はい》り込んでいた。焦慮や諦めや希望やが其処に戦われた。
「兎に角これからが大切です。」
「そう……。」
 羽島さんは手を挙げて、心持ち禿げ上った顔を撫でた。
 何を悲しみ苦しむことがあろう!
「大丈夫です。」
 壮助はそういう言葉を残して病室の方へ去った。
 光子の側《そば》には看護婦が演芸画報を披いて見ていた。光子の視線はその姿を掠めてじっと壮助の顔の上に据えられた。
 病室の淡い薬の香の籠った温気《うんき》が、壮助の心を儚《はかな》いもののうちに誘《さそ》い込んでいった。彼は苦しくなった。
「お湯に行って来《こ》られませんか、私がついていますから。」
「左様ですか。」と答えて看護婦は暫く考えていたが、「では一寸行って参りましょう。」
 看護婦が出て行った後、病室
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