って衰弱も増すものです。それに心臓を弱らせないようにしなければいけません。」
 壮助は何を信じていいか分らなかった。然し腹部に余病がないことと腸に結核がないこととは確からしかった。其処から光明が湧いて来た。彼は横から医者の顔を仰ぐがようにした。髪を長く伸し短い鬚を生《は》やして、下目勝《しためが》ちに物を睥《にら》むような癖のあるその年若い医学士に、彼は急に感謝したくなった。そして種々な細かい注意事項を尋ねた。胃腸を丈夫にして食慾を進めることが目下の急であり、滋養物も種々な製薬品よりは直接に生《なま》の肉や野菜から搾り取ったものの方がいいという彼の意見にも、壮助は自分の乏しい知識と常識とから首肯出来た。
 二人《ふたり》は何時のまにか医者の家の前まで来てしまった。壮助は驚いたように急に別れを告げた。
「兎に角一寸病勢を防ぎ止めたのですから、よく注意なさらなければいけません。」と医者は終りに云った。
 一人《ひとり》になると壮助は急に空に向って飛び上りたくなった。暗い杜絶したものが急に彼の前から取り払われた。凡てがよく、凡てがいいようになるであろう。彼は殆んど駈けるようにして羽島さんの家
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