同じ布団の中に、ぐうぐう眠っていました。平助が起き上がると、正覚坊も起き上がって、きょとんとした眼をしています。暴風雨《あらし》はもう静まっていました。
 平助は正覚坊の背中を撫《な》でながら、さてその始末《しまつ》に困りました。家に置いておけば、自分が漁《りょう》に出た不在中《るす》に、村のいたずら小僧《こぞう》どもからどんな目にあわされるかわかりません。まさか床の下や押入《おしい》れに一日隠しとくわけにもゆきませんし、また、始終《しじゅう》連れて歩くわけにもまいりません。それかって、このまま海へ逃がしてしまうのも、何だか心残りです。
 平助はいろいろ考えていましたが、ふと名案《めいあん》が浮かんできました。村の側を流れてる川が海に注《そそ》ごうという川口のそばに、大きな入江《いりえ》がありまして、深い深い沼を作っていました。平助はそこに正覚坊《しょうかくぼう》を入れてやろうと考えました。川口から海へ逃げて行けば仕方《しかた》ないけれど、こういうおとなしい正覚坊だから、あるいは沼の中にいて時々遊びに来てくれかも知れない[#「来てくれかも知れない」はママ]。
「お前をよい所に住ましてやるぞ」と平助は言ってきかせました。「深い広い沼だから安心だ。海に出るとまた暴風雨《あらし》にあうから、おとなしく沼の中に住んでいろよ。そして時々遊びに来いよ。酒を用意しておいてやるぞ」
 正覚坊はその言葉がわかったかのように、頭をこくりこくりやってみせました。
 平助は人に見つからないようにして、正覚坊をつれて沼へやって来ました。正覚坊は一つお辞儀《じぎ》みたいなことをして、沼の底へ沈んでゆきました。
 平助はうれしくってたまらないような気がしてきました。元気いっぱいで漁に出ました。大層《たいそう》よく魚が取れました。晩になると、魚を売ったお金で酒を求めて、正覚坊が来るかも知れないと待ってみました。
 晩遅くなってから、戸をことりことりと叩くものがあります。平助は半信半疑《はんしんはんぎ》で戸を開いてやりますと、正覚坊がちゃんと来ているではありませんか。平助の喜び方ったらありませんでした。夜ふけるまで二人で酒を飲んで、それから一緒に寝ました。朝になると、正覚坊は沼へ帰ってゆきました。
 それからは、毎晩平助の家へ正覚坊が遊びに来ました。二人で楽しく酒を飲みました。
 ところが、元来《が
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