澄される。或は濃く淀んだ闇がむくむくと動き出す。空気が恐ろしい勢で徐々に流れ出す、或は風の方向が一息に変る。そして地上のあらゆるものが震えながら肩を聳やかす。無生のものが生の息吹に触れて恐れ戦くに似ている。斯く天地万象が総毛立つと共に、蠱惑的な鬼気は物の深みに姿を潜めてしまう。それはただ物凄い時刻、まだ形を具えない恐怖と歓喜との渾沌たる時刻である。復活の戦きの時である。
その戦慄が暫く続くうちに、ふっと、全く何故ともなく凡てが消え去る空虚の時が来る。眼覚めながら息をひそめた時刻である。万象がむくむくと起き上りかけてまたとろりとやる時刻である。もはや其処には生も死も何物もない。月や星の光もぼやけ、闇の黒さも艶を失い、大地の上を押し渡る微風も息をつき、あらゆる物音が消え失せる。万象の律動がぴたりと合ったその隙間である。徹夜の者が最もひどい打撃を感ずるのは、この時刻に於てである。もはや口を利くことも、仕事を続けることも、起きてることまでが、堪え難い努力となる。天地がほっと眼覚めの息を吐きつくして、何故ともない躊躇のうちに再び息を吸い込みかねている、全く空虚な合間である。
そして俄に、輝か
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