しい而もまだ仄かな交響楽が、何処ともなく起ってくる。空には星の囁き、地上には遠く応え合う反響、そして一際高く、鶏の声、車の響、汽笛の音、それらの底に籠ってる人声。一時のとろりとした仮睡からはっと眼覚めて起き上る、万象の寝間着の衣摺れの音である。仄暗い夢と輝かしい幻とが入れ代る気配である。新たに立上ってくるその幻は、物の隅々まで訪れて、凡ての閉じてる眼を見開かせる。爽かな空気が空に地に流れる。草木の葉末には露や霜が繁く結ばれる。夜を徹してる者は、じっと坐についておれなくなって、故もなく立上って歩き出す。そして試みに窓を開けば、東の空には薄すらと紫の色が流れていて、それが見る見るうちに紅色を帯びると共に、遠く聞えていた仄かな擾音が、いつしか騒然たる反響に高まってきて、人の足音、小鳥の歌、星の最後の閃めき、そして地上の万物が、蒼白い明るみのうちに形を浮出して、その上を、触れなばさらさらと音を立てそうな爽かな空気が、夜の闇と夢とを運んで流れてゆく。立並んだ人家はまだ黙々と眠っているけれど、その中に在るものは、もはや夜の夢ではなくて、新たな一日の幻影である。空には清い日の光が放射し、地上には輝か
前へ
次へ
全5ページ中4ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング