真夜中から黎明まで
豊島与志雄
時の区劃から云えば、正子が一日と次の日との境界であるけれども、徹夜する者にとっては、この境界は全く感じられない。彼にとっては、午前二時頃までは前夜の連続である。遠い汽笛の音、空気の乱れ、何かしら動いてるもののどよめき、一日の生活の余喘、……それらのものが大気中に漂っている。試みに戸外へ出てみよ。星の光はまだ人に親しみの色を帯びており、街路の空気には人の息が交っていて、帰り後れた飄々乎たる人影が犬と共に散在している。
そして午前二時頃から、深い沈黙と睡眠とが万象の上に重くのしかかってくる。凡て夜を徹する人々が――遊戯に心奪われてる者や仕事に縛られてる者などを除いて――何となく起きてるのを堪え難く感じだすのは、この時である。四五の友人相集って談笑しているうちに、ふと言葉が途切れ心が沈んで、薄暗い影に鎖されるのは、この時である。地上のあらゆるものが鳴をひそめ息を凝らして、石のように冷く固く沈黙してしまい、空気が重々しく淀んでき、星の光が空の奥深く潜んでいく。そしてこの死のような静寂のうちに、天と地とに跨る大きな影が垂れ罩めて、月のある夜は月の光を、月のな
次へ
全5ページ中1ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング