に日の光を含んでいた。
そしてなんとはなしに二人は庭に下りて秋草を弄ることもあった。
生垣の外からよく村の人達が彼に声をかけて行った。
「今日は。」
「今日は。今年は作がよく出来て結構でございますね。」
「へえ、天道様はよくしたものでがっせ。去年は不作で米が安かっただが、今年はそのうめ合せだちゅうんで……。」
村で、絹物や袴を仕立てることの出来る唯一人の女として、また学問のある唯一人の青年として、村人は彼等の前にその笠を脱いで通った。そして彼等の家の縁側には、よく巡礼の人達が茶を飲んでいった。
菅笠に草鞋脚絆の姿で、白木の杖をついた女の巡礼者達は、彼の屋敷のすぐ側に在る大師堂の方から、疲れた足を引きずって来て、一杯の渋茶に喉を濡した。額に皺の寄った眼の輝いた老女が、或時やはり彼の家へ招じられて、縁側で渋茶をすすりながら、彼の顔をじっと見つめてこんなことを云った。
「あなたは寅年のお生れでございますな。……ああやっぱりそうでございますか。一目見れば分ります。それでは守り本尊の虚空蔵菩薩様を信心なさらねばいけません。ありがたい菩薩様で、米を一粒人に恵んでやれば十粒にして返して下さる
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