に浸っていた。そして各の途を歩いた。それは自分の所有を取収むる季節であった。自分の祈祷を祈り、自分の心を黙想する季節であった。空が高く澄み切って、紅葉した木の葉が静に散った。夜は蒼白い月の光りが在った。
母と子とは、そういう自然とその中の人々とを、穏かな心で眺めた。母は日当りのいい縁側に出て針仕事をしていた。野の仕事に忙しい人達の労働の後の身体を纒う着物を仕立てるのが、彼女の僅かな仕事であった。彼は――子のことを以後彼と呼ぼう――その側に寝転んだり、又は机に向ったりして、書物を読んでいた。小作に入れてる土地から上って来る収入を学費にして、来る年からは都に出かけようかと思っていた。
「旅にでも出たいような天気ですね。」と彼は云った。
「ほんとにねえ。」と母も針の手を休めて、うっとりと空を見上げた。
「長く雨が続いたから、空気が大変に綺麗になったようですね。」
暫くして母は云った。
「お前、散歩にでも行ってはどう?」
町に育った彼女は、田舎に長く住っていてもなお、散歩というような田舎の人が殆んど使わない言葉をまだ口にしていた。
二人は長い間そのままぼんやり空を見上げていた。空は一面
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