い出と予想とが、空想の自由さと柔軟さを以て浮んでくる。私はそのなかを夢遊病的に彷徨し、催眠状態で君を見戍る[#「見戍る」は底本では「見戌る」]。自ら気付いて驚き覚むることもあるけれど、それは瞬時の隙間で、また君の「色香」に包まれる。言葉からあらゆる慣習の衣を剥ぎ取り原始的赤裸に還元した意味での、君の「色香」に……。斯く君をのみ想うことを、恋人よ、許し給え。
*
恋人よ、私はいつしか君のことを忘れている……寧ろ、君を取失っている。探せども見廻せども、君の姿は見えない。それを、漸くにして見出した時の、喜びも束の間、おう何と小さく杳かに頼りなげに、君は淡く薄らいでいくことか。思い出は色褪せ、予感はかすみ、君の色香は空焚きの香の薫りにも如かない。君の存在が私にとって、一の力であることに変りはないが、その力も今は、直接君から来るのではなくて、私が君を想うということから来るらしい。十方普遍の存在ではなくて、ただ一人の――可愛い――人間として、君は私の眼に映る。それは私のとぎれとぎれの瞬間を満すだけで、私の心はまた他の方へ向いている。為すべき仕事が多く、考うるべき事柄が多く……私は忙し
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