とっては、そんなつまらない事柄ではなかった。七年間の上海でのうらぶれた生活のあとで、東京にまい戻ってきた時、私がふれた一番深い感情は、みますの娘のみよ子のうちにあった。以前東京で遊蕩の生活をしていた時、花柳界のそばのその小料理店みますへ、私は度々出入した。芸者などつれて、昼飯をたべにいったり、夜遅く腹拵えにいったりした。みよ子は小学校にあがったばかりの子供で、私たちは玩具や文房具などを持っていってやった。そのことを私は思い出したのである。もう花柳界に足を入れる興味など更になかったが、へんにみますのことは思い出されて、一寸飲みに行ってみた。まだ夕方には間のある明るいうちで、他に客はなかった。お幾も料理番も店の有様も、以前と変りはなかった。そして私たちが、そういう場所にありがちな事もなげな気安さで、七年間の年月をとびこして話をしてると、帳場の障子蔭から顔をだしてじっと私の方を眺めてる日本髪の少女があった。私が見返していると、その眼がしずかに涙ぐんで、美しくぱっとまばたきをした。それがみよ子だった。背丈がぐっとのびて、子供のままの顔に、眼だけが大人になりかかっていた。お幾に呼ばれて出てきたが
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