常識
豊島与志雄
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)飛礫《つぶて》
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数)
(例)※[#「臣+頁」、第4水準2−92−25]
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一
富永郁子よ、私は今や、あらゆるものから解き放された自由な自分の魂を感ずるから、凡てを語ろう。語ることは、あなたに別れを告げることに外ならない。別れを告げる時になってほんとに凡てを語る――これは人間の淋しさである。
あなたの生活について、行動について、私が最初に或る要求をもちだした日のことを、あなたは覚えているだろう。あの日の午後、私たちは鎌倉山のロッジの前で自動車を棄てた。ロッジは何かの普請中でしまっていたが、私たちはそれを遺憾とも思わないで、初秋の冷かに澄んだ光の中を、恋人どうしのように歩いていった。秋草の花、薄の穂、青い海、そして富士山がくっきりと空に浮出していた。晩になると、あの富士山の左手、箱根の山に、航空燈がきらめく……と、そんなことをあなたは話した。そうした言葉を私がな
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