れてあなたの家に出入してる岡部が、私たちの仕事に不安を覚えたのは無理もない。そして親切な彼のことだから、あなたから話すだけでなく、いろいろききただして、必要以上にあなたに饒舌らしたというのも、不当とは思われない。彼は親切な常識家である。物の道理や人情についてはよい理解を持っている。ただその理解が、平面的に働いて、立体的には――高さや深さの方面には――少しも働かないだけのことである。常識の有難さはそういうところにあるのであろう。あなたの多少の不行跡、私との関係も、三十そこそこのブールジョア独身婦人としてはまあ大目に見てもよいことだと、彼は考えたにちがいない。けれども、私とあなたとの公然たる振舞や、殊には金銭上の関係になると、寒心すべきことだと考えたにちがいない。あなたのためにもまた私のためにも、そうだ、私たちどちらのためにも寒心すべきことだと。
「君は富永さんから金を引出そうとしてるという噂だが、噂だけだとしても、僕は君のために心配でならない。」
農園の話が出た時、酒の席ではあったが、岡部は私にそう云った。それが、ほんとに心配そうな、私のことを思う親切気を眼色に浮べてのことだ。その眼色
前へ
次へ
全34ページ中7ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング