し、ここじゃあ、君も嫌だろうと思ったので……。僕は別にかまわないが、何と云ったらいいか、君たちの、デリケートな気持が、へんにこじれると、後で困ると、よけいなことだが……。構わないから、すっぽかして、出てしまった方がよくはないか。どうせ、あちらも気まぐれだから、こっちも、気まぐれにしちゃって……。それとも、すぐ一緒に、どっかへ行ったっていいが……。」
贅肉の多いしまりのない頬が、酒のために赤味を帯び、厚ぼったい唇が女性的な赤みにそまっていた。それをじっと坪井は見つめて、黙っていた。それからふいに、大きな声を立てた。
「お幾さん、珍らしいお客様があるんだ。御馳走して下さいよ。富永郁子さん、僕と結婚しろという話の、あの女の人だ。お酒を下さい。」
お幾は帳場から身をのりだして、眼をまるくしていた。
「まあ……。」
その、冗談ひとつ云わない驚いた様子が、坪井をますます落付かしたらしかった。椅子の上に両肱をついた。
「僕が引受けるから、君は二階にいってて構わないよ。」
そして彼は、岡部にかまわず、お幾にもかまわず、卓子の上に眼を据えて、酒を飲み初めたのだった。いつまでも黙っていた。じっとし
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