がじっと見つめていた。
「初めの一鑿から像が生きてるなんて、それは商売人の云うことだ、芸術はそんなものじゃない。これでもかこれでもか……という苦心のうちに、或る瞬間、ほんのりと肉体が眼醒めてくるんだ。そこにぶっつかればもうしめたものだが、どうかすると、しまいまで、そうした瞬間を探りあてられないことがある。」
坪井がやはり黙っているので、島村は興ざめた顔で、杯をとりあげた。酒はつめたくなっていた。島村は手をたたいた。やがて、みよ子が上ってきて、用もきかないうちに云った。
「ちょっと、来て下さいって……。」
視線は坪井に向いていた。坪井が立っていくと、島村は銚子をたのんだが、何かしら腑におちない眼付を、村尾と二人で見合したのだった。
階下には他に客はなく、土間に並んでる卓子の一つに、岡部がよりかかっていた。坪井はつかつかと歩みよった。それを見上げた岡部の眼は、静かな落付を保っていた。
「弱ったことが出来ちゃった……。」
低い落付いた声だった。――富永郁子からの電話で、ここへ来ると、ただそれだけのことである。
「来るなら来てもいいじゃないか。」と坪井は云った。
「それが……どうも、僕
前へ
次へ
全34ページ中27ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング