だという気持は、ただ大きくなってゆくばかりだ。次第に大きくなって、恋愛の像をくみたてる。少女は愛の彫刻家なのだ。島村さんは専門家だから御分りだろうが、何かの像を刻む時、その像がいつか或る瞬間に生き上るということはないだろう。初めの一鑿が既に生命の芽で、その芽が、鑿の一刻み一刻みにのびてゆく。少女は自分の心のうちに、好きだという鑿が一つおろされて、それからはもうむちゅうになって、愛の像を刻んでゆく。だから、その最初の一刻みの原因を与えることだけが、危険な問題であって、他のことはどうでもよい。ところが、大人になると、事情が全くちがってくる。積極的な方面ばかりでなく、消極的な方面までが……。
「岡部さん……。」いつのまに階段を上ってきたか、お幾が、畳とすれすれに顔だけ覗き出していた。「お電話ですよ。富永さんから……。」
 はっと、飛礫《つぶて》を投げられたようなもので、息をつめてから、岡部はいきなり立上って、お幾の横をすりぬけながら慌てて降りていった。
 坪井がむっくり起上ったのへ、島村はにやにや笑かけた。
「あいつ、でたらめばかり云ってやがる。彫刻のことなんかもちだして……。」
 坪井の眼
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