も天井ばかり眺めて話をした。そうした習慣が癖となって、男の学校に転職した時、ひどく困った。男子の学校では、天井を眺めて講義することは、気取った生意気な態度となるのである。そうしたむずかしい呼吸があるので、女学校では、独身の若い教師は出来るだけ採用しないようにしてある。ところで、こうした理由は消極的な一面で、むしろどうでもよいことだ。多くの生徒のうちに起る嫉みや反感などは、時がたつにつれて、跡方もなく消え失せてしまう。問題の起るのは積極的な方面だけだ。光を特別に受けた花、教師の注視を受けた生徒は、その微妙な作用を身内にはぐくんで、次第にそれを大きく育てあげる。光がかげり、注視がわきにそれても、痕跡はいつまでも残って、独自の生長をとげる。それだけが危険なのだ。多くの女に聞いてみるがいい。初恋の記憶はみな持っているが、初めての失恋の記憶は誰も持っていない。消極的な方面の感情は、すぐに消えて、失恋とまでは生長しないが、積極的な方面の感情は、ひとりでに生長して、恋愛にまでなってくる。ここの、みよちゃんにだって聞いてみれば分る。嫌らしいとか憎らしいとかいう気持は、すぐに消えてなくなるものだが、好き
前へ
次へ
全34ページ中25ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング