あった。それでも、どこがどうと際立ったものはなかった。みな、相当に酒がまわっていた。「みます」の二階のただ一つきりの室で、光度の少し足りない電燈の光が、静かな一座をてらしていた。餉台の上には、食いちらされた料理の皿が並んでいて、銚子の白い肌が目立っていた。岡部周吉が赤い顔をして、一人で饒舌っていた。村尾庄司が聞手になって、短い言葉を※[#「插」でつくりの縦棒が下に突き抜けている、第4水準2−13−28]んだりうなずいたりしていた。島村陽一は黙って、時々にやにや笑いながら、頭の奥では自分一人の夢想を追ってるような様子で、なお酒をのんでいた。片隅に坪井宏はねそべって、煙草ばかりふかしていた。酔っていつまでも飲み続ける島村の酒量は、話の種もつきた折の座の白けを救う助けとなるのであったが、岡部の饒舌はそれよりもっと効果があった。彼の話はいつも尤もで、随って平凡で退屈だったが、飲み疲れたり語り疲れたりした場合には、そんなのが穏当なつなぎとなるものである。だがその晩、彼の平凡な退屈な饒舌には何かしら神経的なものがあって、沈黙を恐れてるもののようだった。初め島村と村尾と坪井とが飲んでいて、そこへ後か
前へ 次へ
全34ページ中23ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング