放された自分の心を感ずる。その自分の心の自由を護ってゆこう。
この意味で、私は岡部の親切な常識に感謝する。あなたもいろいろな感謝を覚えているだろう。ただ、私は感謝はするが、憎悪の念をどうすることも出来ない。そういうものの存在に対して、本能的な嫌悪を覚ゆる。この感謝と憎悪とを調和させることの出来ないのが、私の悩みである。調和させることが出来ないとすれは、私は感謝をもち続けてゆくべきであろうか、それとも憎悪に執すべきであろうか。
富永郁子よ、せめてこれくらいのことだけは平静な心で考えていただきたい。私とあなたとに結婚の意のないことを知って、平野はなぜああいう絶望的な行為をしたのか。あなたは病院に平野をなぜ一度も見舞わなかったのか。結婚の話をわざわざ私に断ることによって、果してあなたは救われた気持になったか。これまでのことを狂言としてあなたの許から立去ることによって、果して私は満足だったか……。
私は今や自由であるが、然し淋しい。それは私一人のことだ。私は一個のルンペン坪井宏にすぎない。無益な夢想からぬけだした野人にすぎない。
二
初めから、何かしらなごやかでないものが
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