なたは云った。
 そんなばかなことをわざわざ断る必要がどこにあったろう。私はただ唖然とした。そして私が知りたいのは、そういう話が一体どこから出たかということだった。あなたは苦しげな苛立った表情をした。感情が押しつぶされて、理智だけが荒立っていた。
「岡部君から出た話でしょう。」と私は云った。
 あなたは黙っていたが、私にはそれでもう凡てが分った。岡部はあなたのことを心配したのだ。結婚が最善の途だと考えたのだ。それは親切な常識からくる解決案だったろう。そしてその親切な常識が動きだしたために、私にもいろいろなことが分ってきた。
 富永郁子よ、私は今やはっきり云うことが出来る。私たちの間には少しもほんとの愛はなかった。ただあるのは、愛してると信じようとする観念上の努力と、肉体的享楽だけだった。私たちこそ狂言をやってきた。真剣なのは平野だけだったかも知れない。ああいう男との享楽には、或る粘液質な繋がりや滓を残すと私が恐れたのは、そのところを指すのである。情意と肉体とが一つになって絡んでくる。あなたがもし結婚するとすれば、平野とすべきであって、断じて私とではない。
 私は今やあなたからすっかり解
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