、偶然の機会がそれを支配する。彼は私と別れて、あなたに電話をかけた。あなたは丁度家にいた。彼は服薬してあなたのところへ飛びこんだ。そしてあなたの前で昏倒した。手当が早かったので助った。それだけのことである。もしあなたが不在だったら、彼は決して服薬などはしなかったろうし、もし往来で倒れていたら、彼は死んだかも知れない。
 あなたが真先に岡部を電話で呼びよせたのは、賢明な策だった。夜遅く、迎えの自動車で私がかけつけた時には、岡部の配慮でもう万事かたずいていた。岡部と平野の兄と医者と、三人の間に事は秘密に保たれた。平野は翌日はもう回復して、三日目には病院から出た。その間あなたは、家の奥にひきこんで、人にも逢わないようにしていた。高慢なあなたの心は硬直して、一片の情味もたたえていないかのように見えた。平野の行為をでたらめな狂言だとして、癪にさわるという様子だった。その上、あなたは私にまでも攻勢をとってきた。結婚してはどうかという話があるが、聞いたかというのである。私はただ微笑して、あなたの顔に蝋細工のような美しさを認めた。
「そのことは、考えにいれないでおいて下さい。お断りしておきます。」とあ
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