そうつきこまれてみると、私はへんに考えこんでしまった。結婚などということを、私は一度でも考えたことがあったか。断じてない。あなたの方でも恐らくそうだったろう。而も私は、二人の生活とか、農園経営とか、そんなことまで考えていた。結婚、そのことだけをどうして考えおとしたのか。而もそうした問題に、私たちの愛が絶望状態に陥ってからぶつかったのである。
 理屈ではなく、私はその時なぜか腹がたった。私には結婚ということも考えるのが当然だったろう。とそう考えることが、私の感情を苛立たせた。私とあなたとの結婚、それは本能的に私を反撥させるものを持っていた。何故か。私には分らない。恐らく、私たちの愛は結婚とは相背馳するような種類のものだったかも知れない。或は私のなかに結婚などというセンスが全然欠けていたのかも知れない。
「僕はあのひとと結婚するくらいなら、むしろみよちゃんと結婚しますよ。」と私はお幾に断言した。それから云い添えた。「でも安心なさいよ。みよちゃんとは結婚もしなければ、指一本ふれもしませんから。僕はみよちゃんの小父さんだからなあ。」
 もし蒼白い微笑というものがあるとすれば、私はそうした微
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