眼と尖った鼻とのあたりに漂ってる異国人めいた風貌、断片的に無連絡的に理智めいた唇、反りのいい手指、毛皮の襟巻、特別あつらえの踵のひきしまった白足袋、または、大戸がしめきってある石の門、玄関まえの美しい砂利、日当りのいい応接室、亡夫の肖像、銀の煙草セット、置戸棚の中の大きな人形……。古人は、国亡びて山河在りと云った。私にとってはそれらのものが、あなたが亡びた後の山河であった。
 富永郁子よ、これまでは普通の愛慾のいきさつである。この後に、あの思いもよらぬ問題が起ってきた。私がそれに最初にふれたのは「みます」でだった。
 私一人でぼんやり酒をのんでいた時、お幾は酌をしてくれながら、もう身を固めたらどうかというような話をもちだした。前にもあった話なので、気にもとめないでいたが、彼女は案外真剣だった。私が茶化せば茶化すほど、ますます彼女は真顔になって、遂にあなたの名前までもちだし、二人は結婚するのが当然だと説くのである。彼女はあなたのことをよく知っていた。私とあなたとの仲もよく知っていた。
「これまでに、そんなことお考えにならなかったというのは、不思議ですねえ。何か差し障りでもあるんですか。」
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