、困ったものだ。今のうちに、なんとか、君の力で富永さんを引止めてくれるといいんだが……。」
 それは、まじめな常識的な言葉だった。その時私はまだ、「みます」のことを彼があなたに話していようとは知らなかった。私はうちのめされた気持で、あなたにぶつかっていった。がその時あなたはもう、煙草をもてあそびながら笑っていた。
 あなたの涙はどこへいってしまったのか。私の信念はどこへいってしまったのか。私たちは互に愛しあってると信じたいと、私はつとめてきた。農園のことまでも考えてきた。それが一度に崩壊してゆくのを、私はどうすることも出来なかった。真心というものは、或る大きさのものが初めから存在するのではない。小さなものから次第に大きく生長してゆくのだ。その生長の途中で、ふいに踏みつぶされてしまった。私は「みます」のことを弁解し、互の愛を説きたてたが、もう万事過去のことになっているのがはっきり感ぜられた。それくらいのこと、お互にどうだっていいじゃないの、というのがあなたの最後の結論だった。恐らくそれがあなたの本心だったろう。
 私の心の中には廃墟が出来た。そのなかにあなたの残骸がはっきり見えた。凹んだ
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