する不満の点さえも明らさまには口にしない。その心境には孤独の影がさしているらしい。過去の信条が崩壊して未だ新たな確信を掴みきっていない悩みもあろう。
 現在上海には、思想文芸の能才は甚だ少い。多くは奥地に遁入してしまっている。市内に潜んでいる者は之を見出すこと容易ではない。嘗て八・一三事件後、文化界救亡協会というのが共産党員によって作られていたが、文化人の奥地への遁入甚だしいため、新たに国民党系の人々によって文芸界救亡協会というのが結成され、その発会式には両派の激しい抗争があったそうであるが、それらの人々も今は求むる術がない。また嘗て魯迅と親交がありその一派から親しまれていた内山完造氏の周囲には、上海在住の文芸愛好者達から成る芸文会という集まりがあるが、その会合にも今は殆んど中国人の出席を見ないそうである。雑誌は数十種刊行されているが微々たるものであり、ただ新聞のみは賑かで、汪派の中華日報や新申報と、重慶派の申報や新聞報や大美晩報其他との間に、激越な政治的論争が繰返されている。
 上海の文化活動の復興はいつのことであろうか。それには固より、新中央政府の実力が重慶政府を圧倒するのを俟たな
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