で正視し難い光景だ。それらの難民はさし迫ってる上海復興のために必要な労力となる筈のものであるが……とY氏は言葉尻を濁した。
かような数万の難民に比べて上海市内に乞食の数は意外に少い。これは工部局で時折乞食狩りをなすからだという。乞食を見当り次第トラックに積みこんで数十キロ距った田舎に運び出すのである。其処で放たれた者たちは、再び市内にまい戻る者もいくらかあるが、多くは四方に散り失せてしまうそうである。
さて、私は上海に蝟集してる大衆の一面を、そのどん底まで述べたが、彼等にその当面の必須事たる安居楽業を得さしてやるだけでも、容易なことではあるまい。趙正平氏は私達に、氏が政治の要諦と観じているらしい老子研究の自著を贈られたが、上述の大衆はこの研究の対象からもはみ出すものを持ってるもののように思われる。
*
上海の知識階級の人々は右のような大衆とは甚だしく異った雰囲気の中に生きてるようである。大衆は極端に現実主義で個人主義で、自己の周辺についてさえ冷淡で、政治などには殆んど無関心である。然るに、上海の現在の知識階級の人々は、政治情勢への顧慮なしには生活し難い状態である。蘇州
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