すこともある。ナチ・ドイツから逐われたユダヤ人で、上海に逃げこんで来てる者が既に一万八千人ある。うち一万一千は日本警備地区の楊樹浦辺に住んでいる。多少の財産ある者はいろいろな商売を始めていて、その一つのバー・タバリンは相当名を知られており、酒は粗末だが、気易いダンスが行われ、主人は頭の禿げた愛嬌者で、興至れば自ら歌い且つ踊って見せる。けれども二千二百は全くの窮民で、幾団かに分れて共同生活をし、炊出しの救済を受けている。この救済費用がアメリカから来ると聞いて、私は云うべき言葉を知らなかった。だがこのユダヤ人問題の衝に当ってるI氏は、彼等の国有の伝統的生活を立派に営ませてやるつもりだと断言された。ただ、目下救済を受けてる人々のうち、青年や壮年の者までが多くぶらぶら遊んでいるのは奇異の感を懐かせる。彼等はみな相当の知識人で、労働には適せず、適当な仕事を待っているのだそうであるが、いつそれが与えられるようになるであろうか。
 海からはパスポートなしに上陸されるが、上海の上空は一層無防禦で各種のラジオ放送が自由に流れこんでくる。そしてここに、奇怪な放送戦が展開されている。互に妨害し合いまた進出し
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