ぐらいなものは上海にもあってよかろうと、甚だ謙遜な要求をもなすまい。玄武湖から見る南京城壁の美観はともかく、多少の城壁ぐらいは上海にもあってよかろうと、つまらぬ要求をもなすまい。実は上海には何もなくても、人をその市内に繋ぎ止める。この自然の美も名所旧跡もない上海へ数日の旅から戻って来て、私は何となく一種の郷里へ戻ったような安易さを覚えた。
 何故であろうか。昔はそれぞれ王城の都たりし杭州でも蘇州でも南京でも、その夥しい名所旧跡や美景にも拘らず、今では、文化的に、上海に比ぶれば田舎町の感じがするからである。そして上海にこそ、語感が互に通じ合い親しく語り合うことが出来そうな未知の友人が数多くいそうな感じがするからである。
 然るに、ああ然るに、上海は前述のような文化的孤島の現状であり、そこの文化人は前述のような状態であるとするならば、その上なお、東洋文化を軽蔑圧迫せんとする或種の気風が其処に巣喰っているとするならば、如何にしてこれを新たに明朗に建て直すべきであろうか。
 上海は、租界なるものがあるために、パスポートなくして上陸出来る恐らくは世界で唯一の海港であろう。このために思わぬ功徳をな
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